高松高等裁判所 平成2年(ネ)10号 判決 1991年7月30日
控訴人
高松高等検察庁検事長
藤永幸治
被控訴人
鄭トヨ子、川本トヨ子こと
藤原トヨ子
右訴訟代理人弁護士
白川好晴
同
松本宏
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
二 被控訴人の請求原因
1 被控訴人は、愛媛県北宇和郡津島町大字近家八六七番地第一において大正一二年六月二八日父藤原小左衛門、母スミエ間の二女として出生し、昭和二三年五月二一日宇和島市長に対し、本籍朝鮮慶尚北道永川郡琴湖面成川洞二五一番地川本甲龍こと鄭甲龍(以下「甲龍」という。)と婚姻する旨届出しその届出が受理され、被控訴人の戸籍身分事項欄にその旨記載され、除籍された(以下「本件婚姻」という。)。
2 しかし、甲龍は未だ金良伊(以下「良伊」という。)と婚姻中であったことが判明したが、甲龍は同年一一月一九日宇和島家事審判所で調停離婚し、同年同月二七日宇和島市長に対しその報告的な届出がされた。
3(一) 被控訴人は、その後名実ともにその妻として甲龍と同居し宇和島市等に終始居住していたが、甲龍は昭和四四年二月三日死亡した。
(二) しかし、平和条約の発効により甲龍は日本国籍を失い大韓民国(以下「韓国」という。)国籍となり、宇和島市長はその後被控訴人に対し、外国人であるから外国人登録をせよとその登録を強制したので、被控訴人は止むなくこれに応じ、その後帰化の申請をしたところ、愛媛県北宇和郡津島町長(以下「津島町長」という。)は昭和六三年一月二二日許可に基づきそのころ被控訴人に対し、被控訴人と甲龍との婚姻が婚姻届出当時の朝鮮民事令の下での慣行により無効であるとして前記1の婚姻届出に関する戸籍身分事項の記載を消除し、国は被控訴人が日本国籍を有するとして帰化申請を却下した。
4 しかし、被控訴人と甲龍との婚姻は次の点より有効である。すなわち、
(一) 被控訴人が甲龍と婚姻届出をした当時は、平和条約締結前であって甲龍の本籍地は未だ日本国の領土であり、わが国の民法の昭和二二年法二二二号による改正法(以下「改正後の民法」という。)と朝鮮民事令の両者が通用していたので、法例二七条三項の規定に従い被控訴人及び甲龍の属していた改正後の民法によるべきものであり、改正後の民法七四四条では重婚は取消事由であるのにすぎず、しかも、婚姻届出後間もない昭和二三年一一月一九日に甲龍と前妻良伊との婚姻が宇和島家事審判所の調停離婚により解消されて取消事由が消滅し、その報告的な届出も同年同月二七日宇和島市長に対してされ、又、甲龍はその後昭和四四年二月三日死亡した。
(二) 仮に、その準拠すべき法律が朝鮮民事令による慣行であるとしても、それを適用することは公序良俗に反するので、法例(昭和三九年法一〇〇号及びそれ以後に改正される以前のもの。以下同じ。)三〇条によりその適用が排除されるべきである。すなわち、前記のように、甲龍と被控訴人との両者を通じてその常居所地がわが国の宇和島市等であり、しかも、その婚姻取消事由が前記のように調停離婚により消滅し、その後甲龍が死亡しているので、甲龍死亡後に婚姻が無効であるとして津島町長が被控訴人の戸籍身分事項欄の本件婚姻の記載を消除することはわが国の社会秩序を乱すものである。
5 よって、被控訴人は民法七四四条、七三二条、人事訴訟手続法二条三項により検察官を相手方として、被控訴人と甲龍との婚姻が有効であることの確認を求める。
三 控訴人の答弁
1 被控訴人の請求原因1の事実(被控訴人と甲龍との婚姻届出)は認める。
2 同2の事実(甲龍と前妻良伊との調停離婚)は認める。
3(一) 同(一)の事実(夫婦の常居所地)は争う。
(二) 同(二)の事実(婚姻記載の消除等)は認める。
4 同4の主張は争う。すなわち、
(一) 本件婚姻当時適用されるべき法律は朝鮮民事令による慣行であり、それによると、本件婚姻は重婚に当たり無効である。当時朝鮮も日本の領土であり、わが国の改正後の民法と朝鮮民事令による慣行とが通用していたが、法例二七条三項の準用により、被控訴人は本籍が朝鮮にある甲龍と婚姻したので甲龍の属する朝鮮民事令が適用され、本件婚姻はその法の下での慣行により無効となる。
(二) もっとも、甲龍は昭和二七年四月二八日平和条約発効とともに日本国籍を失い韓国国籍を取得したので、その後は婚姻の効力につき法例一四条により夫の本国法である韓国民法によることになるが、同法は重婚につき取消事由と定め(八一〇条、八一六条)、その施行日前の婚姻につきその民法により取消原因となる事由があるときはその民法の規定により取り消すことができる(附則一八条一項)旨定めたけれども、本件婚姻につき適用された日本法である朝鮮民事令については右韓国民法附則に何らの経過規定も定めなかったので、朝鮮民事令は平和条約の発効とともに消滅し、右韓国民法の規定を適用する余地がない。従って、右韓国民法により本件婚姻が取消事由に当たると解釈することはできない。
(三) 本件婚姻届出当時の状態で朝鮮民事令の下における慣行に従い本件婚姻を無効とすることは、わが国の公序良俗に反するものではない。改正後の民法でも重婚は違法で取り消すべきものとしており、それより重い無効原因としたからといって、何ら私法秩序に反するものではなく、むしろ、これを有効視することこそ公序良俗に反する。
四 証拠関係<省略>
理由
一<証拠>を総合すると、被控訴人の請求原因1の事実(本件婚姻)、同2の事実(甲龍と良伊との調停離婚)、同3(一)の事実(居住場所、死亡等)が認められる。
二右一の認定事実により検討する。
1 本件婚姻届出をした昭和二三年五月二一日は平和条約の発効(昭和二七年四月二八日)以前で、甲龍の本籍地である朝鮮慶尚北道はわが国の領土に属し、民法第四、第五編の親族相続法が根本的に大改正され施行された後であり、その七四四条、七三二条には重婚が取消事由すなわち成立要件と定められ、他方、朝鮮では朝鮮民事令が未だその効力を保有していた。従って、本件婚姻の成立については、法例一三条(婚姻の成立要件)、二七条三項が準用され、共通法二条により、被控訴人につき改正後の民法によるべきところ、右認定事実によるとその成立要件を充足している。しかし、甲龍については、右認定事実によると甲龍の本籍地の属する朝鮮で適用されていた朝鮮民事令が準拠すべき法律となり、それによると、直接の規定がないが、慣行、判例によると重婚は無効であり、すなわち効力要件とされており、その結果戸籍に婚姻届出が記載されず、結局婚姻成立要件を充足せず、本件婚姻は我が国での取扱に関する限度で有効と取り扱い被控訴人の側面でのみ成立する跛行婚となる。
2 しかし、右改正後の民法は、わが国の憲法ことに二四条の家族生活における個人の尊厳と両性の平等の理念に基づきこれを具体的に実現するために、明治三一年勅令一二三号による民法(以下「旧民法」という。)で定めていた家の制度を廃止し、婚姻に関しても家の制度を前提とする制限を除去し、婚姻につき男女の婚姻の合意と婚姻届出をその成立要件とするなど根本的な改正がされたのに対し、朝鮮民事令は旧民法と同旨の家の制度による規定がそのまま適用されていたものであるが、宇和島市等をその常居所地としていた被控訴人及び甲龍のした本件婚姻について朝鮮民事令の下での重婚を無効とする慣行、判例を適用することは、わが国の社会(宇和島市等)における私法秩序を乱し公序良俗に反するので、法例三〇条を準用して、朝鮮民事令の下での右婚姻無効の慣行等の適用を排除し、改正後の民法を適用すべきものであり、その七四四条、七三二条により重婚は取消原因となると解するのが相当であるが、本件婚姻につき未だ取り消されていない。もっとも、このように解しても、甲龍の戸籍に本件婚姻の記載がされないことからみると、依然として跛行婚となる点では同様であるが止むを得ない。
3 さらに、甲龍は本件婚姻当時重婚とされた良伊との婚姻につき本件婚姻届出後間もない昭和二三年一一月一九日宇和島家事審判所の調停により離婚して重婚が解消され、少なくても本件婚姻届出による甲龍の戸籍への記載が可能な状態になったものであり、又、甲龍は昭和四四年二月三日死亡しており、改正後の民法七四八条一項が婚姻取消は遡及効を有しない旨定めているので、他に特段の事情の認められない本件では、その後に本件婚姻を重婚として取り消すべき法律上の利益を欠くに至っている。
4 津島町長が昭和六三年一月二二日許可に基づきそのころ被控訴人の戸籍身分事項欄中婚姻事項の記載を消除した時点での本件婚姻の効力についてみると、平和条約発効後の婚姻の効力については、法例(甲龍死亡の昭和四四年二月三日以前のもの)一四条により夫の本国法がその準拠法となるが、夫甲龍の本国法となった韓国民法(檀紀四二九一年(昭和三三年)法四七一号)八一〇条、八一六条によると、重婚は成立要件である取消事由とされ効力要件の定めではないから、その規定につき右法例一四条を適用する余地がないが、他方、韓国民法上のその他の無効原因により本件婚姻を無効と解すべき根拠も見当たらない。
5 なお、本件婚姻届出及び甲龍と良伊との離婚届出が、いずれも現在に至るまで甲龍の朝鮮における本籍に記載されていないが、朝鮮との関係は昭和二三年当時戦後の混乱状態にあり婚姻、離婚につき所定の届出をしても容易に朝鮮の戸籍にその記載がされなかったことは公知の事実であって、このような事例があってもやむを得ず、そのことは前記の判断に影響を及ぼすものではない。
三以上のとおりであるから、被控訴人と甲龍との婚姻が有効であり、その確認を求める本訴請求は理由があるので認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がないので棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条の規定に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官髙木積夫 裁判官上野利隆 裁判官高橋文仲)